専用の道具で金属に模様を施す彫金は、江戸から明治にかけて隆盛を極めた工芸技能。その技術を現代に受け継ぐ一人が、取手市在住の坂有利子さんです。 工房を兼ねたご自宅を訪ねると、見たことのない道具の数々が目に飛び込んできました。中でも金属を削るのに用いる「たがね」は、坂さんいわく「微妙な形の違いによって、描ける模様が変わるんですよ。先輩職人から頂いたものや骨董市で手に入れたもの…自分で作ったものなど数百本はあるかな」。ともすれば物が多いと雑然としてしまいそうですが、坂さんの工房は引き出しの中まできちんと整理され、いかに道具を大切に扱っているかが伝わってきます。そんな工房から生み出される作品は、伝統的なモチーフから自由な発想のデザインまで、幅広いバリエーション。オーダーメードの注文も受けており、時には結婚指輪を依頼されることも。「朽ちることのない金属は一生残るもの。その方の人生を共に歩ませていただくと思うと一つ一つに気持ちが入ります」。
もともと細かい作業が得意だったという坂さんが、彫金に出合ったのは短大生の頃。家政科の美術コース在学中に授業で金属加工を体験。夢中で取り組む坂さんを見た教授のアドバイスで、卒業後はジュエリーを学べるデザインの専門学校に進みます。その後は会社勤めをしながら谷中の工房に通い、技術を学びました。 職人として独立した理由は「『彫金だけをやっていたい!』と思ったから」と至極シンプル。技術向上のため、昨年から本格的に日本画の勉強も始めました。「彫金を始めて25年近くたちますが、まだまだ分からないことばかり。名匠の作品と見比べたら、線1本からして自分のものとはまったく違っていて…。底が知れない世界だからこそ、ここまで夢中になれるのかもしれませんね」と話してくれました。