【開催報告】

9月8日(木)、第4回社長塾&交流会を開催しました。
今回は、カイロプラクティックかがやき藤代店院長の宮久保明子さんをゲストにお迎えしました。
聞き手は、一般社団法人とりで起業家支援ネットワーク理事・吉田雅紀です。

「カイロプラクティック」とは、アメリカ発祥の手技療法で、
ギリシャ語の「カイロ(手)」と「プラクティック(技術)」を合わせた造語です。

カイロプラクティックの資格を取得して12年、多くの方々の身体を知る宮久保さんは、
通りすがりの姿勢の悪い人を見かけると、声をかけたくなるそうです。
そんな宮久保さんに対して、吉田の質問から始まりました。

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吉田

僕はどうですか?健康ですか?
小さいころから猫背なんですよ。カイロプラクティックで治りますか?
62ですが、手遅れということはないですか?

宮久保

手遅れということはないです。治りますよ。
生活習慣の改善法もお教えしますので、それを続けると、背骨が綺麗なS字のカーブになります。
カイロプラクティックって、神経の通りを良くするものなんです。
病気になりにくい身体にする予防医学なんですよ。

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以前、宮久保さんにお話を伺った際、「なるほど」と思った言葉があります。

「身体の歪みは心の歪み」

近年、犯罪が低年齢化していると言われています。
宮久保さんは、その原因が身体の歪みの低年齢化にあると考えています。
睡眠環境や食べ物の変化、車社会による運動不足など、生活習慣が変わってしまい、
筋肉が衰え、骨がもろくなり、背骨が歪みやすくなっている。
そして神経が圧迫されてしまい、脳に正常な指令がいかなくなり、変な考えを持つようになるというのです。

カイロプラクティックによって身体の歪みがなくなれば、
犯罪が減り、平和な世の中、世界平和につながると、明るく前向きな考えを持っている宮久保さんですが、
昔はこんな明るい性格ではなかったと言います。

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吉田

カイロプラクティックを始めたきっかけは、ご自身の辛い経験からだそうですが、どんな病気だったんですか?

宮久保

病気ではないんですよ。

小学生のころから、肩が痛い、腰が痛い、よく熱を出す、身体の弱い子供だったんです。
でも母に「人間は生きているから痛いんだよ、みんなそうだよ」と言われて育ちました。
中学1年生のときに、足の感覚がなくなって。自分で病院に行ったら、
「坐骨神経痛の治りかけです」と言われて。治りかけなら治るんだなと思って、放っておきました。
22,23歳くらいのときに、胃の調子が悪くなり、周りから「顔色が悪いね」と言われるほどでした。
でも、自分はいつもこんな感じなので、そのままにしておきました。

すると33歳のとき、背中に激痛が走ったんです。動けないし、歩けないし。
どの病院に行っても「どこも悪いところがないですよ」と言われ続けました。
でも、足はしびれるし、歩けないし、動けないし。悪いところがないから治しようがない。
そんな状態で8年間過ごしました。

そして半分諦めていた40歳のときにカイロプラクティックと出会ったんです。
施術をしてくださった先生に「背骨が歪んでいるよ。辛かったでしょう」と言っていただいたんです。
今まで誰も辛さを分かってくれなかったので、その共感してくれたことがとても嬉しくて。
一筋の光が見えた感じがして、カイロプラクティックに人生を賭けてみようと思いました。

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吉田

それで良くなったの?

宮久保

最初は悪すぎて、施術を受けても何も感じませんでした。
症状が改善するかどうかも分からない状態だったんですよ。

吉田

自分が良くなっていくという感覚がないのに続けたの?

宮久保

そうですね。希望を与えてくれたことが嬉しくて。
今があるのは「辛かったね」「大変だったね」という共感の言葉のおかげですね。
別のカイロプラクティックの先生には「先生になると、もっと楽になるよ。もっと元気になるよ」と言われて。
そして先生になっちゃいました。

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吉田

先生になって、どなたかから施術を受けていたの?

宮久保

先生になる勉強をしたときに、自分で行う施術の方法、自分のどこが悪いのかを知る方法を教わったので、
自分で自分の生活習慣を改善していきました。

吉田

自分の身体を治すには、患者よりも先生になるほうが近道なの?

宮久保

先生になるほうが近道ですね。
猫背を治すだけなら、施術を受けて、先生の言うとおりに生活習慣を変えていただければ治ります。
その先のこと、人生を変えたいと思うのであれば、先生になるという方法もありますよ。
患者のままだと理解が深くないので。

最初は自分の身体を知ることが目的でしたが、
自分と同じように苦しんでいる方々のお役に立てるかもしれないという考えに至った宮久保さん。
その後、どのような道のりを歩んできたのでしょうか。

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吉田

カイロプラクティックの先生になってから、どのように仕事をしていったの?

宮久保

最初は自宅でスタートしました。
お客様はほぼ口コミで、ご近所さんから、その両親や、その知り合いなどに広げていきました。
それと、フリーマーケットなどのイベントの一角に施術するコーナーを設けて、
お客様にカイロプラクティックを体験して、知っていただくこともしましたね。
こんな感じで、4年くらい自宅でやっていました。

吉田

ご主人もカイロプラクティックをされているとのことですが、あとから始められたんですよね。

宮久保

そうなんです。主人は最初、ずっと反対をしていました。
カイロプラクティックを理解してくれていなくて。どうしたら認めてくれるのですかと聞いたら、
「俺の給料を抜いたら認めてやる」ということでしたので、
「よし!頑張ろう!」と思いました。私、負けん気が強いんです。

それで認めてもらって、それから主人もカイロプラクティックに興味を持ち始めて、この世界に入りました。
今では主人はグループのリーダー的立場で、私よりも偉くなっていますよ。

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昔は、女優になりたかったという宮久保さん。おとなしい性格の自分が嫌いだったそうです。
当時「ガラスの仮面」という少女漫画が好きで、
普段は平凡だけど舞台に立つと輝く主人公に憧れていたと言います。

吉田

カイロプラクティックになる前は、どんな仕事をしていたの?

宮久保

いろんな仕事をしてきましたよ。薬局、コンビニ、スナック、居酒屋など接客業が多いですね。
高校を卒業して最初に勤めた薬局の先生に言われた言葉がとても印象に残っています。

「あなたはここで販売員という役を演じてください」

高校の先生に私のことを聞いていたみたいなんですね。
おとなしい性格でしたが、演じていると、演技なのか本当なのかわからなくなり、
いつのまにか「違う自分」になっていくんですよ。

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吉田

究極の演技はリアリティに近づくということですね。

宮久保

その薬局の先生との出会いは大きかったですね。
この出会いがなかったら、人生を楽しめていないかもしれません。
前向きな性格にはなっていないかもしれません。その先生のおかげですね。

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過去の全ての経験が今につながっている、何かに導かれて今がある
という宮久保さん。
「カイロプラクティック」が天職のようで、本当に「今」を楽しく生きておられますね。

吉田

カイロプラクティックは、技術が一番大事?

宮久保

いえ。「度胸」が大事ですね。
度胸のない人は、上手になってから始めますと言うのですが、
多くの人の身体を触るほうが成長するんですよ。
10年やっていても50人の身体しか触ったことがない人と、
1年目でも何百人の体を触ったことのある人では、お話も技術も上手になります。
カイロプラクティックは、技術職ではなくてサービス業ですから。私は「度胸」が大事だと思いますね。

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宮久保さんのとても生き生きとした姿が印象的でした。
「自分らしく生きる」とは、こういうことなんだなと感じさせられた社長塾でした。

そして社長塾終了後は恒例の交流会。
ゲスト社長の宮久保さんを囲んで、大いに盛り上がりました。

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皆様、次回もお待ちしております。

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