「勿体ない」とは仏教用語の「物体(もったい)」を否定する語です。
「勿体」とは物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、
嘆く気持ちを表しています。
転じて「勿体ある」とは物のあるべき姿をまっとうしたという意味です。
ご飯を残すと「勿体ない。ばちがあたるよ。お百姓さんに申し訳ないやろ。」と
母親に叱られたものです。
ご飯は全部きれいに食べられることが「あるべき姿」です。
残ったご飯はあるべき姿でなく、つまり
「勿体がない」「勿体ない」となります。
すべてのものにはあるべき姿があって、そのように作られています。
存在意義ですね。私たちは人に対しても同じです。
「〇〇さんだけど、あのままにしておくのは勿体ないよ」などと使います。
人にも「勿体」があります。
まずは自分の勿体をしっかり自覚しましょう。
僕は勿体を「らしさ」と理解しています。
自分らしくあることが勿体ある姿です。
「らしさ」を測る物差しは「楽しさ」です。
あるべき姿=勿体=らしさ=楽しさです。

<このコラムの著者>
 吉田雅紀 プロフィール
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